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図譜 表紙 赤にんにく 長兵衛 いわき昔野菜のレシピ3 | いわき市役所

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Academic year: 2018

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生産の歴史的由来

赤にんにく

<ネギ科ネギ属>

●主な栽培地 常磐藤原町

ニンニクの原産地は中央アジアではないかとい われています。栽培の歴史は非常に古く、古代エ ジプトの古文書にニンニクに関する記述があるほ か、ピラミッドの壁画にもニンニクが描かれてお り、当時ピラミッド建造に携わる労働者たちに とってタマネギとともに重要な作物の一つとして 取り扱われていたとされています。

その後、漢の時代に中国へと伝わり、日本にも 渡来しました。伝わった時期については諸説あり ますが、はっきりとした栽培の記録が残されてい るのは、平安時代に書かれた『本草和名』や『和 名類聚抄』からです。

江戸時代になると、農学者 宮崎安貞の著書『農 業全書』の中で、日射病や暑気あたりに効能があ るので栽培を推奨したと記されています。ニンニ

クの栽培や効能については、古くから人々の知る ところであったことがうかがい知れます。

常磐藤原町で栽培されている赤にんにくは、現 栽培者が先代より受け継いだものです。昔は近所 でも赤にんにくが盛んに栽培されていましたが、 30年ほど前から新品種に移行され、今は見かけな くなりました。

大きさは直径5~8㎝、約2㎝の鱗片が10~ 12片ついています。外皮を数枚むくと、写真のよ うな赤紫の皮が出現します。赤い皮をむくと、食 用部分は一般的なニンニクと同様白色です。小ぶ りですが、加熱するとホクホクとした食感が堪能 できます。

数キロ離れた遠野町深山田地区でも在来のニン ニクが栽培されています。やはり小ぶりで加熱す

常磐

ほんぞうわみょう みょうるいじゅしょう

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生産の歴史的由来

赤にんにく

<ネギ科ネギ属>

●主な栽培地 常磐藤原町

ニンニクの原産地は中央アジアではないかとい われています。栽培の歴史は非常に古く、古代エ ジプトの古文書にニンニクに関する記述があるほ か、ピラミッドの壁画にもニンニクが描かれてお り、当時ピラミッド建造に携わる労働者たちに とってタマネギとともに重要な作物の一つとして 取り扱われていたとされています。

その後、漢の時代に中国へと伝わり、日本にも 渡来しました。伝わった時期については諸説あり ますが、はっきりとした栽培の記録が残されてい るのは、平安時代に書かれた『本草和名』や『和 名類聚抄』からです。

江戸時代になると、農学者 宮崎安貞の著書『農 業全書』の中で、日射病や暑気あたりに効能があ るので栽培を推奨したと記されています。ニンニ

クの栽培や効能については、古くから人々の知る ところであったことがうかがい知れます。

常磐藤原町で栽培されている赤にんにくは、現 栽培者が先代より受け継いだものです。昔は近所 でも赤にんにくが盛んに栽培されていましたが、 30年ほど前から新品種に移行され、今は見かけな くなりました。

大きさは直径5~8㎝、約2㎝の鱗片が10~ 12片ついています。外皮を数枚むくと、写真のよ うな赤紫の皮が出現します。赤い皮をむくと、食 用部分は一般的なニンニクと同様白色です。小ぶ りですが、加熱するとホクホクとした食感が堪能 できます。

数キロ離れた遠野町深山田地区でも在来のニン ニクが栽培されています。やはり小ぶりで加熱す

常磐

ほんぞうわみょう みょうるいじゅしょう

【遠野町深山田のニンニク(いわき昔野菜図譜其の弐より)】

栽培方法

るとホクホクとした食感です。深山田にんにくの 皮にも赤みが確認できますが、これは、右の写真 で分かるように、ほんのりと薄紅をさしたような ピンクで、赤にんにくのような強い色ではありま せん。いずれの来歴も明らかではありませんが、 30年ほど前まで、この周辺一帯でニンニク栽培が 定着していたのかもしれません。

栽培者には、幼い頃風邪をひくと、親御さんが このニンニクを焼いて食べさせてくれた思い出が あります。辛みが消えホクホクとしており今でも 好物だと言います。

栽培者宅では年間100株以上の大量のニンニク を自家消費しています。栽培者自身が作る本格ラ

-メンのスープでは一度に2~3個のニンニクを 使うそうです。夫婦そろって料理好きなこともあ り、このほかカレーやキムチなど、あらゆる料理 の薬味として重宝しています。

栽培者は、ジャンボニンニクなどの新品種も栽 培に取り入れ、それぞれの個性を上手に使い分け ながら、在来ニンニクを守り続けています。

栽培者は実父よりニンニク栽培の注意点として

①良い味のニンニクを育てるためには培養土に菊 を栽培した後の古土を入れること

②肥料は多めに撒くこと

③病気を予防するため、春先の除草に、鎌などの 金物を使ってはいけない

と教えられ、今もそれを守っています。

ニンニクの元肥には豚糞、石灰、ゼオライト(※ 1)、ベントナイト(※2)、自作の腐葉土と土麹(P 55参照)を使用します。さらに、自身の趣味で続 けている菊栽培後の古土も混ぜ込みます。菊の土

は9号鉢約100個分におよびます。

植え付けは10月中旬です。幅80㎝・高さ10㎝の 畝に黒マルチを張り、ひと畝に3~4列、10㎝間 隔で3~5㎝の深さで1片ずつ植え付けていきま す。定植してから収穫まで、土寄せも、追肥もし ません。春先、マルチの隙間から草が伸びてきた ら草引きをする程度です。

6月になると収穫適期を迎えます。採れたてを 食べることももちろん可能ですが、保存用は根を ハサミで切り落とし、数本ずつ一束にして吊るし ておくか、茎を適当な長さに切りネットなどに入 れ陰干しをしておきます。乾燥するまで半月くら いは日に当てません。ただし、あまり乾燥させす ぎないように注意します。

播種用には、色・形の良いものを選んで保管し ておきます。

注 1【ゼオライト】

不良土壌の保肥力を改善する土壌改良資材。(作物の品質向上、 病気発生のリスク低減などの効果がある)

注 2【ベントナイト】

土壌改良剤(粘土の一種で、保肥力の効果がある)

一年で、100 株以上のニンニクを家族で消費。

←植え付けの深さの目安  は指の第二関節位まで

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(3)

生産の歴史的由来

長兵衛 (里芋)

<サトイモ科サトイモ属>

●主な栽培地 小川町下小川

サトイモは、インド付近など熱帯の南アジア原 産で、寒さに耐える品種が中国をとおって日本に 伝えられました。稲作と同じ頃か、それより古く 縄文時代の中期には渡来したと考えられていま す。「サトイモ」の名は山に自生するヤマノイモ に対して里で栽培されることから名付けられたも のです。親芋に多くの子芋がつくことから、子孫 繁栄の象徴とされ、昔から農耕儀礼に欠かせない 作物とされてきました。

サトイモは、どの部分を主に利用するかで子芋 用品種、親子兼用品種、親芋用品種に分けられま す。一般にサトイモと呼ばれる子芋用品種の「土 垂」は市内の各地で、親芋・子芋の両方を食べる「唐 芋」や「八つ頭」は小川町、遠野町、田人町など で受け継がれています。また、唐芋の子芋をえび

形のように湾曲させて育てる「エビイモ」、子芋 用品種でありながら葉柄を食べる品種として今日 まで栽培されてきた「はすいも(蓮葉芋)」など、 いわき昔野菜には、様々な種類のサトイモがあり ます。

小川町で70年以上にわたって栽培が続けられて いるサトイモ「長兵衛」は、子芋を食べる品種で、 葉柄は緑、草丈は1m40㎝程度です。芋は丸いも の、長いものさまざまで、キメが細かくしっとり とした食感を有します。サトイモには昔から全国 的に栽培されてきた「土垂」や「石川早生」といっ た代表的品種がいくつかあります。長兵衛の草姿 や芋の形から品種の特定にはいたりませんでした が、現栽培者の祖父の代から三代にわたって大切 に育てられてきたサトイモです。

小川

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生産の歴史的由来

長兵衛 (里芋)

<サトイモ科サトイモ属>

●主な栽培地 小川町下小川

サトイモは、インド付近など熱帯の南アジア原 産で、寒さに耐える品種が中国をとおって日本に 伝えられました。稲作と同じ頃か、それより古く 縄文時代の中期には渡来したと考えられていま す。「サトイモ」の名は山に自生するヤマノイモ に対して里で栽培されることから名付けられたも のです。親芋に多くの子芋がつくことから、子孫 繁栄の象徴とされ、昔から農耕儀礼に欠かせない 作物とされてきました。

サトイモは、どの部分を主に利用するかで子芋 用品種、親子兼用品種、親芋用品種に分けられま す。一般にサトイモと呼ばれる子芋用品種の「土 垂」は市内の各地で、親芋・子芋の両方を食べる「唐 芋」や「八つ頭」は小川町、遠野町、田人町など で受け継がれています。また、唐芋の子芋をえび

形のように湾曲させて育てる「エビイモ」、子芋 用品種でありながら葉柄を食べる品種として今日 まで栽培されてきた「はすいも(蓮葉芋)」など、 いわき昔野菜には、様々な種類のサトイモがあり ます。

小川町で70年以上にわたって栽培が続けられて いるサトイモ「長兵衛」は、子芋を食べる品種で、 葉柄は緑、草丈は1m40㎝程度です。芋は丸いも の、長いものさまざまで、キメが細かくしっとり とした食感を有します。サトイモには昔から全国 的に栽培されてきた「土垂」や「石川早生」といっ た代表的品種がいくつかあります。長兵衛の草姿 や芋の形から品種の特定にはいたりませんでした が、現栽培者の祖父の代から三代にわたって大切 に育てられてきたサトイモです。

小川

現栽培者が農業に携わるようになって13年が経

栽培方法

ちました。三代にわたって栽培が続いているサト イモに、祖父の名をとって「長兵衛」と名付けた のは一昨年(平成26年)のことです。栽培者にとっ て、このサトイモは、単に祖父から受け継いだ作 物というだけではありません。自分の家の風習、 食文化、栽培技術など、これから先も大切にした いこと全ての象徴であり、同じ農業に携わる先輩 への尊敬の念が詰まっています。

長兵衛が栽培されている小川町の畑は、洪水で 氾濫した夏井川からの土砂によって、肥沃な沖積 土を形成し、その積み重ねが野菜作りに多大な影 響を与えています。整備が進み、洪水で川があふ れることもなくなった今でも、そうした自然と向 き合いながら、絶えず作物を作り続けることが、 並大抵の苦労ではなかっただろうということは容 易に想像ができます。それにも負けず種を繋いで きた祖父や父の努力、そしてそれを受け継ぐ現栽 培者の想いは、それを食す人たちの心を動かし続 けています。

現栽培者は農薬・化学肥料を一切使わない自然 農法を取り入れています。

4 月に土の中に貯蔵していた種芋を取り出し、 ハウス内に仮の定植をします。畑は元肥を使わず、 幅1mほどで予め耕起しておくだけです。

芽出しが済んだ種芋を、5月に60~70㎝間隔 で植え付けます。

定植後は、除草も兼ねて土寄せを4回ほど行い 追肥は、有機肥料(ペレット状のもの)を生育に 合わせて施します。

9月以降、葉がボロボロになれば、収穫期を迎 えたサインです。降霜前までに全て掘り起し、親 芋と子芋がくっついた塊のまま、なるべく土だけ を落とし、畑に掘った深さ約1m50㎝の穴の中に、 茎を下向きにして入れ、凍みないよう藁などで 覆って土をかけて貯蔵しておきます。

祖父への想いを、名前に込めて。

夏井川(いわき市小川町 三島橋より) 夏井川(いわき市小川町 三島橋より)

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参照

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